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400年くらい前(天正年間)徳川家康が小名木四郎兵衛に命令して作らせた運河です。由来には諸説あるようです。この運河を利用して千葉県の行徳で作った塩や、近くの村でとれた野菜、東北地方でできた米など、沢山の品物を、早く安全に江戸へ運ぶことが出来ました。又、成田山にお参りに行く人々をはじめ多くの人が小名木川を通っていました。明治時代の終わりから大正時代になると、川に沿って工場が沢山立ち並ぶようになりポンポン蒸気船が工場で使われる原料や材料、作られた製品などを運ぶようになった。1日に700隻位通っていたこともあり川の上で船がひしめき合っていました。しかし、今では工場の数も少なくなり、原料や製品もトラックで運ぶので船の行き来する姿を見ることは出来なくなりました。
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