伝統と未来に息づく水彩都市・江東について
江東区は、江戸時代より現在に至るまでおおよそ400年の間、川を中心に発展してきました。 江戸の市街地に近く、水運の便に恵まれ、埋め立てに適した広い湿地帯があったことが、発展の要因でした。えどじだいには河川や掘割に木場や倉庫、問屋などが立ち並び明治、大正時代には、紡績、製材、鋼鉄、機械などの工業が発達しました。 昭和30年代後半になると、多くの工業が区外に転出し、跡地には集合住宅が建設されるなど住工混在の都心に近い町として発展してきました。また、輸送路としての使命を終えた運河は、現在では親水公園として生まれ変わっています。この歴史は、決して楽なものではありませんでした。度重なる水害た火災あるいは関東大震災や第2次世界大戦、戦後の復興期から高度経済成長期における公害、地盤沈下など犠牲が伴いました。 現在の「水彩都市江東」と呼ばれるうるおいのある町並みは、長年に渡る多くの人々の多大な努力の上に出来上がったものです。「水辺のまち」が形づかれていく中で、蓄積されてきた歴史的資源と伝統文化は区民共有の貴重な財産であり、そこに住む人々の心のよりどころでもあります。
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